チーム概要

チーム名:
岡山シーガルズ
チーム名の由来:
海が近く、大空へ飛び立つカモメを意味する
ホームタウン:
岡山
ホーム所在地:
〒709-0631 岡山県岡山市東区東平島1575-67

チームの歴史

岡山シーガルズは、かつて神奈川県横浜市を本拠地として1999年まで活動していた東芝シーガルズを前身とする。

1993年、東芝シーガルズは、現在の岡山シーガルズ監督であり、全国区のバレー強豪校である大阪国際滝井高校のバレーボール部監督を務めていた河本昭義を監督として招聘。
河本は翌年の全日本選手権(黒鷲旗)でチームをベスト4に導き、さらにVリーグ昇格を実現。
また、182cmの長身ウィングスパイカー・神田千絵が1998年に全日本代表に選出されるなど、チームは着実に力をつけていく。

ところが、1999年に東芝シーガルズは廃部となり、河本はチームを存続させるための方策を模索することとなる。
たどり着いた答えは『一企業のチームとしてではなく、複数企業からの出資を元にチームを運営する』、すなわち、クラブチーム構想であった。

1999年6月、複数企業で運営母体となる株式会社ウォークを設立。
富山県黒部市を本拠地とする日本初の運営方法により、チームは『シーガルズ』として新たに再スターをすることとなった。
翌2000年に開催された第1回Vカップでは準優勝、さらに2001年の第2回大会では優勝を果たすなど、数々の輝かしい戦績を残したシーガルズ。

2001年11月、チームは再び大きな転機を迎える。
活動の拠点を、それまでの富山県から、監督である河本の出身県・岡山県へと移したのである。

翌2002年の高知国体では優勝を勝ち取り、その後、本拠地である岡山県で開催された岡山国体を含め、2006年の兵庫国体まで破竹の国体5連覇を成し遂げる。
一方、Vリーグではシーガルズとして初参戦した第6回・7回大会ではそれぞれ下位に甘んじたものの、第10回大会からは3年連続で5位の成績を残し、トップリーグで戦う力を徐々につけていった。

岡山県へと活動の場を移してから約4年半後の2006年4月、地域名を冠した『岡山シーガルズ』とチーム名を改称。
名実ともに、地域密着型のクラブチームを目指すことを高らかに宣言したのである。
V・プレミアリーグ唯一の市民クラブチームである岡山シーガルズは、その意気に賛同した岡山県や地元企業、そして多くの人々に支えられ、新たな歩みを始める。

岡山シーガルズとして初の2006/07シーズンでは参加10チーム中8位にとどまるものの、翌2007/08シーズンには初の4強入りを果たし、東芝シーガルズから在籍するベテラン選手や若手選手の成長が結実した、東芝シーガルズ時代から続くチームの集大成といえる第4位の成績を残し、シーズンを終えた。

続く2008/09シーズンでは第7位に終わり、前シーズン以上の成績を残す事こそ叶わなかったが、河本の卓越した指導力により確実に力を身につけていた選手たちの評価は高く、シーズン終了後に森和代、岡野弘子、山口舞ら3選手が全日本代表に選出された。
山口は秋に行われたワールドグランドチャンピオンズカップに出場を果たし、市民クラブチームから世界の桧舞台で活躍する選手を輩出するという夢が現実のものとなる。

2009/10シーズンは、現役中学生の宮下遥が15歳2カ月で史上最年少のVリーグデビューを果たし話題をさらうものの、チームは6位と低迷。
長年チームを支えてきた選手たちが引退していき、世代交代を進めていく中で行われた2010/11シーズンは、勝ち切ることができない戦いが続き、最下位という結果でシーズンを終える。
しかし、辛い雌伏の時は終わり、やがて雄飛の時がやってくる。

昨シーズンの悔しさを胸に立ち上がった「新生シーガルズ」、 2011/12シーズン、若手・中堅・ベテランが見事に融合し、2度目の4強入りを果たした。

2012ロンドンオリンピックでは全日本代表チームに山口舞選手が選出され、1984年のロス五輪以来28年ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得、岡山シーガルズ初のオリンピアン・メダリストが誕生した瞬間であった。

メダリスト誕生の興奮も醒めやらぬ2012/13シーズン、『新たなる挑戦』をスローガンに掲げた岡山シーガルズは12月の時点でチーム初となる暫定首位を獲得、 最終的にレギュラーラウンドを4位で終え、チーム3度目となる4強入りを果たした。
ファイナルラウンドでは3位決定戦でレギュラーラウンド首位のNECレッドロケッツを下し、チーム結成以来初となる3位の座を獲得した。

2013年5月の黒鷲旗全日本男女選抜大会をもって、東芝シーガルズ時代からプレーする最後の選手であった岡野弘子が引退。
長年チームの司令塔として活躍した岡野のラストゲームとなった同大会で、文字通り最後のトスを受けたのは、新たに指揮官の座を受け継いだ若きセッター・宮下遥。
その後、宮下は2013年の全日本代表チームに選出され、同年8月のワールドグランプリで鮮烈なA代表デビューを飾る。
また、同じく全日本代表に選出された川島亜依美も、持ち味のしなやかな振りから繰り出す多彩な攻撃と長身を活かしたブロックで世界を相手に堂々と渡り合った。

2013/14シーズンは 新たに山口舞選手が主将に就任、『夢は皆さんと共に』をスローガンに掲げ、ベテラン・若手が織りなす和の力で、レギュラーラウンドを3位で通過、セミファイナルラウンドへと進出する。
レギュラーラウンド首位通過の久光製薬スプリングスを相手にセットカウント3-0でストレート勝ちを収めるなど、勢いに乗ったチームは首位でセミファイナルを通過。ついにファイナルラウンドへと駒を進めるに至る。
雌雄を決するファイナルラウンドでは、久光製薬スプリングスを相手に堂々と渡り合いながらもあと一歩及ばずに敗戦。
しかし、過去最高の順位となる準優勝という成績で幕を閉じたシーズンは、チームの歴史に燦然と輝く記録となった。

2014/15シーズンは新たなスローガンとして『夢の頂点へ 皆さんと共に!』を胸に、前シーズンでつかみかけた夢である『頂点』を目指し、前年に引き続き主将を務める山口舞選手を中心にチーム一丸となって戦力アップへと取り組んだ。
本シーズンから新たにポイント制が導入されるとともに、レギュラーラウンド以降の順位決定方式もレギュラーラウンド上位6チームによる総当り戦となるファイナル6、及び準決勝戦・決勝戦となるファイナル3・ファイナルと方式を変えるなど、長期・短期それぞれの力が試される形態へと様変わりした。
岡山シーガルズはレギュラーラウンドを勝ち点38(13勝8敗)の成績でファイナル6へ進出。
レギュラーラウンド3位の成績により、3点の付与ポイントを得ての5チームとの総当り戦に臨むも、1勝をあげるにとどまり、最終順位4位でシーズンを終えた。

オリンピックイヤーとなる2016年、全日本女子代表チームに山口舞選手・川島亜依美選手・丸山亜季選手・宮下遥選手が選ばれ、山口・丸山・宮下ら3選手がリオデジャネイロオリンピック世界最終予選に出場し、五輪本戦出場の大きな原動力となり、さらに山口・宮下の2選手は本戦に出場する12名の日本代表メンバーにも選ばれた。

そして2016/17シーズンはスローガンに『揺るがぬ想いで頂点へ挑戦』を掲げ、中堅・ベテランに加え、成長著しい入団2年目の選手を積極的に起用したが、レギュラーラウンドを7位で終えて入れ替え戦にまわり、チャレンジマッチで上尾メディックスと対戦、1勝1敗ながらもセット数の差で敗れ、次季をV・チャレンジリーグIで戦うこととなった。

『~頂点へ挑戦~ より強く、育て磨こう 揺るがぬ想い』をスローガンに掲げ、今一度夢の頂点を目指して自らの原点を見つめ直し、支えてくださる皆様への想い、チームが一丸となるための結束力を高めて臨むことを誓って臨んだ2017/18シーズン。
リーグ参加チームはどのチームもこの力に秀でた選手たちを擁する中、未来の“頂点”を目指すシーガルズは次代を担う新人・若手を積極的に起用し、連勝を重ねる。
同じく昨季プレミアリーグを戦ったPFUブルーキャッツに1敗を喫し、お互いが1敗で臨んだリーグ最終戦。
大方の予想を覆し、相手の攻撃を的確に防ぎ、さらにリーグで培った若い力の爆発と中堅・ベテランとのチームを支える覚悟に裏付けされたプレーが紡ぎ出す結束力で、セットカウント3-0のストレートで相手を下し、V・チャレンジリーグI優勝で幕を閉じた。
また個人賞では優勝監督賞に河本昭義監督、サーブ賞・最高殊勲選手賞に大楠鼓雪選手、最優秀新人賞に渡邊真恵選手が選出された。

苦境を戦い抜いたことでお互いを思いやり、助け合うことで生まれる和の力を更に高め、2018年秋に始まる新しい『V.LEAGUE Division1』で頂点を目指してチーム一丸となって戦っていく。

チーム沿革

1999年(平成11年)
東芝バレー部を継承する形で創部
富山県に本拠地を置きチーム名「シーガルズ」
第6回Vリーグ初参戦(9位)
2000年(平成12年)
第1回Vカップ準優勝
2001年(平成13年)
本拠地を富山県から岡山県に変更
第2回Vカップ優勝
2002年(平成14年)
高知国体で優勝(以後2006年まで5連覇)
2005年(平成17年)
第54回黒鷲旗準優勝
2006年(平成18年)
チーム名を「岡山シーガルズ」に変更
2007年(平成19年)
2007/08Vプレミアリーグで初の4強入り
2012年(平成24年)
2011/12Vプレミアリーグで4強入り
2013年(平成25年)
2012/13V・プレミアリーグで、過去最高となる第3位
2014年(平成26年)
2013/14V・プレミアリーグで、過去最高となる準優勝
2018年(平成30年)
2017/18V・チャレンジリーグIで優勝。個人賞として優勝監督賞を河本昭義監督、サーブ賞・最高殊勲選手賞を大楠鼓雪選手、最優秀新人所うを渡邊真恵選手が受賞
2018V・サマーリーグ女子 西部大会 優勝

過去のチーム戦績

■Vリーグ

シーズン 成績 参加チーム数
第6回(1999/2000) 9位 10チーム
第7回 (2000/01) 10位 10チーム
第8回 (2001/02) 5位 9チーム
第9回 (2002/03) 6位 8チーム
第10回 (2003/04) 5位 10チーム
第11回 (2004/05) 5位 10チーム
第12回 (2005/06) 5位 10チーム
2006/07シーズン 8位 10チーム
2007/08シーズン 4位 10チーム
2008/09シーズン 7位 10チーム
2009/10シーズン 6位 8チーム
2010/11シーズン 8位 8チーム
2011/12シーズン 4位 8チーム
2012/13シーズン 3位 8チーム
2013/14シーズン 2位 8チーム
2014/15シーズン 4位 8チーム
2015/16シーズン 4位(RR)、6位(Final) 8チーム
2016/17シーズン 7位(RR)、チャレンジマッチ敗戦 8チーム
2017/18シーズン
優勝 7チーム

■黒鷲旗

シーズン 成績 参加チーム数
第50回(2001) 3位 32チーム
第54回(2005) 準優勝 32チーム
第61回(2012) 3位 16チーム
第67回(2018) 3位 16チーム

■V・サマーリーグ

シーズン 成績 参加チーム数
2018 女子西部大会 優勝 11チーム

スタッフ紹介

部長兼監督 河本 昭義
副部長 中田 聖子
コーチ 溝田 知茂
コーチ 吉田 啓佑
コーチ 神田 千絵
コーチ 中野 啓太
コーチ 浅山 卓哉
コーチ 金森 純子
マネージャー 高田 さゆり
マネージャー 平田 真澄
マネージャー 難波 梓
トレーナー 長井 雅子
トレーナー 近藤 沙織
管理栄養士 北村 舞子
事務局 関 明夫
事務局 吉本 美穂
事務局 澤田 利彦
事務局 大峯 剛
事務局 延原 庸介
事務局 齊藤 桃子
ドクター 舟木 清美
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